弓彦戦記

天才と天狗の遊び場

120戦目 「コピーデッキ忌避とオリジナル賛美」

我が師から愚弟子へ

「面白みとは、替えようがないということ!つまり差が他とつかないということ!選り好みするとは、次元が違う!コピーしたことに満足するのか、その上を目指すのかということ!成功するかどうかは、さておき、挑戦のないコピーデッカーよりましだと考えている!なぜなら、失敗したらコピーに戻ればいいのだから!」

 

 

我が師はハチワンダイバーで言うとマムシさん

僕の棋風は文字山ジローです 

 

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本日は、上記の様に「PTQの勝ちデックのコピーで勝つとか虚無 オリジナルを紡ぐ俺は偉い」と 叱責を頂いたので、思考の整理も兼ねて作文  

 

連日お送りした語彙力-8億の記事から一転、理知的にお送りしたいと思います😘

 

 

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僕はマジックと将棋の類似性として、優れた戦法と定跡が確立されていることが挙げられると考えている  ゲームに勝つまでのプロセスはある程度ショートカットできる と言うことだ

 

この「プロセス」なる部分、これは将棋でいえば「戦型 定跡」マジックであれば「デッキとサイドボード」に当たる

ここから我が師と愚弟子の相違を紐解いていこう

 

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・コピーデッキ≒定跡書

僕はマジックを将棋と重ねる事が多いが、他の人はそうでないのかも知れない なので予め前提から結論を言うと

コピーデッキは試行錯誤の放棄でなく、優秀な定跡書を踏襲しているに過ぎない 早い段階で良いデッキを用意し、ゲームに勝つまでの練習に重きを置くべきである」 と纏められる

 

定跡は最も基本的な思考ベースだ 将棋を指す時、定跡を理解しているか否かは序盤の攻防に絶大な影響を及ぼす  棒銀を受けられない人が一勝をもぎ取るにはどうしたら良いのか? まずはその定跡を踏まえた駒組を覚えるべきだ

 

これは将棋というゲームにおいて普遍的な真理であり、これから将棋を始める人がいきなり矢倉24手組に応じたり、角交換振り飛車とゴキ中の大前提である「▲2二角成△同銀▲7七角」の反撃手順を編み出すことは不可解だろう

 

 

話をマジックに戻すと 違いが現れる

有力な手筋を無視して、オリジナルと称した何かの劣化に固執する」事を良しとする思想がある と言うことだ

 

将棋で一朝一夕の自作で駒組をすることはナンセンスだが、ことカードゲームでは自分で戦法・デッキを作ることが勝ち負けを二の次にさせてしまう 過剰な賛美であるとまで言えるだろう

その結果上記のような自体に成りうるのだ

 

ある戦法、アーキタイプにおいてカードの組み合わせが(淘汰を繰り返した結果)有限である限り、チューナーがまともであればかかる時間は違えど自然と形は同じように纏まってくる

ならば、世界中で最も優秀だったものをベースとして取り入れることは理解に難くはないだろう

ここまでが定跡の最適化と呼べる部分であり

 

・デッキを実戦投入し、微調整をかける技術

・実際にそれを使いこなす実力 適切な理論整理

 

これが最も重きを置くべき、ゲームに勝つまでのプロセス である 大切なのはデッキがオリジナルとかコピーとかでなく、実際にそれを動かす練習とそれで得られるプレイヤースキルなのだ

 

 

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・デッキを作ることの楽しさ

ここまで書いて予想される師匠の反論は

「デッキを作ることが楽しいんだろうが!繰り返し挑戦をすることが大事なんだよ!!」である

自分のアイデアを形にし、勝ったり負けたりして磨き上げていくことの素晴らしさを説いている 

 

 

これに関しては その通りだと思う

 

 

しかし言い方を変えるべきだ

完成度と強さは往々にして比例するとは限らない アイデアを育てることは楽しいが、勝つことと繋がりはあまり無い」が正しい

 

例を挙げてみると、

✕「天使の部族デッキを組みたかったけど、ライラは高いし強すぎるのでシャライとセラの天使を組ませた」

 

悪い例 環境に明確な完成系があるにも関わらず下位互換を独創性と置き換えてしまう セラの天使はあまりにも露骨だが、こういう事は良く散見される これはオリジナルではない

 

 

〇「ヤヤバラードは有力なカードではないが、プレインズウォーカーとして無二の能力を活かしてデッキを組んだ」

 

良い例 (正直ヤヤバラードではカラデシュチャンドラの存在が大きすぎて✕の例寄りだが)これはオリジナルとして正しい このデッキが勝てても勝てなくても「ヤヤバラードのデッキとしてLv100」の完成度になれば目的は達成したと言える この時初めて「自分でデッキを作ることが楽しい」という状態なのだろう

 

組んだベストな結果がTeir3.4であったというのは仕方が無いことだが、組んだデッキと似ているものがよりTeir上位にある という状態は非常に好ましくない

 

これがコピーデッキ忌避、オリジナル賛美(に限らずあらゆるガチカジュアル論争)の歪んだ認識を改める核心であると僕は考える

 

・オリジナルデッキを作るにあたって、勝つことでなくクオリティを上げることを目指していると言うのが正しい

 

・オリジナルデッキの完成度を高めていくとどこかでデッキパワーの壁にぶち当たるか、既存のデッキに似た形になってしまう

 

・もし君が物凄く強いデッキを編み出せた時、それは既に誰かが結果を出していることが多い

もしくは君が最先端のプロプレイヤーなのかもしれない

 

 

どんなデッキも完成度を上げることは出来るが

そのデッキの最大Lvが100なのか80なのか50なのか(Teir1.2.3)をはっきり見極める必要がある

 

 

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・定跡のその先へ

オリジナルデッキの終着点がゲームの高い勝率とは限らない ということは纏められた

ではこんどは「コピーデッキで勝つのはつまらない」論を読み解いていこうと思う

 

この手の発言の原因は単純で、ゲームに勝ち続けた要因を、人は安易にデッキや運に求めてしまいがちだが、実際はプレイヤーの腕による部分が大きいというのを見落としているからだ

プレイヤーの腕とは前述の通りで、要するに「下手くそやリサーチが足りないままコピーしても勝てない」と簡略化できる

 

もちろんコピー元のデッキがあまりにも強力であれば目先の1ゲーム1マッチは奪えるかもしれないが、それが大会での入賞や長期的成功に繋がるとは考えられない

 

定跡(=コピー)を駆使しても、実戦では必ずそこから発展した展開になる そこで必要なアドリブ力を養う必要がある

 

マジックでコピーデッキを試す上で1番手っ取り早く理解を深める方法はサイドボードを自分で作ること

マジックはどんなに上手くても強くても、サイドボード後の試合の方が多くなる メイン戦はそれぞれのデッキがお互いの1番の強みを押し出してぶつかるのに対して、サイド後はそれを妨害対策することが出来る それが出来ない人はデッキが強くてもトータルで見ると負け組になってしまうのだ

 

サイドボードを自発的に組むことで

・自分のデッキの強み 目的

・得意な相手 苦手な相手

・それを乗り越える方法 15枚に収める術

 

が自然と理解出来るはずだ

むしろ、コピーデッキを基に練習をするならばここまでやるのが当たり前だと思う

 

これを踏まえてなお「強いコピーデッキで勝つのは当たり前」「同じデッキ(調整の結果絶対に同じではなくなるはず)はつまらない」と言えるだろうか?  なにも考えずにコピーする中学生のような輩がいるのもまた事実だが

 

勝つプレイヤーは使うデッキがなんであれ、適切な練習のもと勝つべくして勝っている  それを勝ちに固執している や 楽しくないつまらないというのは負けた側の歪んだ認識で、そこに至る練習面を考慮していない甘えの思想である

 

良いデッキを早く選んだら浮いた時間で練習をするべきだ  弱いデッキを情で選んだ状態で時間を浪費すべきでない

 

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ここまでなるべく曖昧な言葉や感情的な表現を使わず、僕の思ったことをまとめてみました

相対的に師匠の言葉が薄っぺらく見えるようになったのは理論武装の賜物ですねぇ😎

 

僕は自分の作るデッキが信用ならないので、なるべく結果を残したリストを集めてブラッシュアップするようにしています 時間もお金も有限なので効率よく準備をしてゲームに望むためです 

 

こういうゲームは自分の思考を文章に書き留めておくべきでしょう 口で言うことは長く残らずフワフワしたものになりがちなので、、、

 

途中で投げずに読破してくれた人はきっとマジックに真摯に向き合っているのでしょう

オリジナルとか、コピーがどうとかの前に自分の思考領域がどれくらいのものなのか見つめ直した方がいいかもしれませんね カードは悪くないです

考えなしには勝てませんよ 将棋もマジックも

 

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つづく!